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2009-11-23 (Mon)
時間があいてしまいましたが、いのちがやどることの続きです。

だいだいが感じた世界のことですので、笑って通り過ぎて下さいね。

流産を経験し、
心の中は悲しみで一杯なのにからだはすぐに次に向けての生理が来たのにはびっくりでした。

悲しんでいる暇はないのだ!
と・・・・からだからの要求にこころを合わせるこは出来ませんでした。

赤ちゃんが持って来てくれるであろう幸せを手に入れることが出来ない。
それ以上に
「次はまだ?」
「一人っ子はかわいそう~兄弟を作ってあげなさい。」
「まだ、産めないってトシでもないだろう~」
などの、世間様の気軽なおしゃべりにまた、立ち向かわなくてはならないと思うとそれだけでも気が滅入ってしまいました。

「女性なら、よくあることよ~」
そんな言葉も虚しく通り過ぎるのでした。



喪失感の中でも日常の仕事をこなしていかなくてはなりません、日常の雑事に追われ始めると小さないのちが感じていたのであろう、あの、あたたかい思いがよみがえって来ました。



日常の些細なことに感動があり、ふとしたことに喜びが湧き上がる・・・・・


絶対的な幸福観・・・・

・・・・・とでもいうのでしょうか?




時間がたった今でもその感覚はふっとよみがえってきます。


何気ない、生活のひとコマひとコマがとても生き生きと躍動し、愛に満ちあふれ、キラキラ輝いているのです。
普段、惰性で送っている時間がさえもが満たされていたのです。


お水を飲むこと。
ご飯をたべること。
家族と団らんすること。
道端の花を目にすること。
星をを眺め夜風に当たること。
息をすること自体もすべてが新鮮で幸せなことなのです。


全てがありがたく、感謝すべきことだと感じているのです。


私は今まで、その様に「この世界」を感じたことがあっただろうか?


私の中の小さないのちは様々な事柄に感動しよろこび、愛し、楽しんでいるのです。


その意識の波が母体である私に途切れ途切れに伝わって来ているのでした。



生物的には卵子と精子が受精し一つの受精卵が時々刻々進化し成長し赤ちゃんになるのでしょうが、その中に宿る い の ち はすでに完全で完璧な意識を有しているように私には感じられました。


時間にしてみると短い時間だったのですが、
私の中の小さないのちにとっては長くもなく、短くもなく、味わい尽くして天に帰っていったようでした。




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